本記事のサマリ
今回のインタビュイーである咲本さんは、新卒でITコンサルタントとしてキャリアをスタートし、アメリカでのビジネススクール修了や、A.T.カーニーをはじめとする戦略コンサルティングファーム、外資系製薬会社を経験。コンサルティングと事業会社の両方で経験を積んだプロフェッショナルです。 メーカー企業を退職後、フリーランスコンサルタントとして独立。2026年8月からは海外大学院への進学も予定しています。子育てをしながら、なぜ今フリーランスという道を選んだのか。多彩なキャリアを歩んできた咲本さんに、その軌跡と今後のビジョンを伺いました。
インタビュイープロフィール
- 氏名:咲本 寛子さん
- 略歴: 日本総合研究所→ 渡米・ビジネススクール修了 → A.T.カーニー → サイモン・クチャーアンドパートナーズジャパン(ドイツ・ケルンオフィス駐在含む)→ ジェネリック製薬会社(コマーシャルエクセレンス本部長・経営統合室長)→外資製薬会社(グローバルDXプロジェクト)→ 外資製薬会社(経営企画・プロジェクトマネジメント)→ 独立
- 専門領域:プライシング戦略 / コマーシャル戦略 / M&A・PMI / データ分析 / ヘルスケア・ライフサイエンス領域のコンサルティング
- 現在の働き方:フリーランスコンサルタントとして働きながら、渡航準備中(2026年8月より海外大学院へ進学予定)
留学かキャリアか。新卒でITコンサルタントを選んだ理由と、渡米への道
Q. これまでのキャリアについて教えてください
大学卒業後、日本総合研究所でITコンサルタントとして大手銀行のシステム開発に携わりました。4年半後に渡米してビジネススクールに進み、帰国後はA.T.カーニーで戦略コンサルティングを経験、その後、サイモン・クチャーアンドパートナーズでプライシング・コマーシャル戦略の専門性を磨きました。事業会社に移ってからは、ジェネリック製薬会社でコマーシャルエクセレンス本部の立ち上げやM&A後のPMIをリードし、複数の外資系製薬会社を経て独立しました。ヘルスケア領域を中心に、コンサルティングと事業会社を横断してキャリアを歩んできました。
Q. もともと海外志向はあったのですか?
子どもの頃から海外に憧れていましたが、大学生で初めて語学留学をした時に、現地での人との距離感が心地よく、肌に合うと感じました。日本で無意識に持っていた「こうあるべき」という考えから解放され、自分らしくいられる、その空気感がすごく合っていたんだと思います。私は地方出身で、当時は女性が長く働くなら薬剤師などの専門職しかロールモデルがなく、より選択肢の広い海外への憧れは自然と強まっていきました。
Q. 実際に留学を決めたのはどのようなタイミングでしたか?
文系出身で研修や業務を通じてゼロからプログラミングやITの知識を積み上げていきましたが、周囲には情報系大学院出身者も多く、この仕事を極めるのではなく、よりビジネス寄りの仕事で自分の強みを活かしたいという思いが強まりました。ただ、仕事への手応えを感じていたこともあり、入社当初「3年で留学する」と決めていた計画は少し延び、4年半後に退職し、アメリカのビジネススクールへ進みました。
A.T.カーニーで限界を知り、ブティックファームでプライシングの専門性を磨く

Q. A.T.カーニーではどのような経験をされましたか?
帰国後に入社したA.T.カーニーでは噂通りのハードワークを経験しました。朝9時から翌朝の5時まで働き、数時間だけ仮眠して仕事に戻るような日々。1年も経たないうちに身体に不調をきたし、限界を感じました。しかも30歳間近での転職という遅いスタートだったので、コンサルタントとしての基礎を身に着けるのに非常に苦労しました。
ただ、この経験から多くを得ました。コンサルタントとしての心構えやロジカルシンキング・資料作成などのスキルは言うまでもなく、自分の限界を知ることができたのはその後のキャリアに役立ちました。戦略コンサルティング業界では、よく「知力・体力・精神力の少なくとも1つがずば抜けていないとやっていけない」と言われますが、正直私はどれも中途半端だと感じていました。それでも何とか限界までやり切りたいという思いで働いてました。その経験のお蔭で、その後のキャリアでどんなに仕事が大変でも、「これぐらいなら大丈夫」と思えるようになり、大きな挑戦にも臆せず飛び込むことができました。
Q. その後、サイモン・クチャ―アンドパートナーズジャパンに移られた理由は?
コンサルタントとしてさらなる成長を求め、ハードワークでも自分のペースを保てる「ブティックファーム」を選びました。ここでは、プライシング・コマーシャル戦略を強みとしていることに加えて、グローバル案件が多くありました。海外オフィスとの協業機会が多く、留学で培った語学力・グローバル思考が活かせる環境でした。
Q. ドイツ・ケルンオフィスでの駐在についても教えてください
サイモン・クチャーには、2年在籍すると一定期間海外オフィスで働けるローテーションプログラムという制度があり、ドイツのケルンオフィスで半年間勤務しました。東京オフィスではライフサイエンスを中心に、消費財や産業機械、金融など様々な業界の案件を経験しましたが、ケルンオフィスではライフサイエンス部門に所属し、製薬・医療機器の案件を担当しました。この約5年間の経験とドイツ駐在を通じて、自然とライフサイエンス・ヘルスケア領域の知見が深まっていきました。
プライシングの専門性については、案件を重ねるなかで「どう価格を設定するか」という問いに何度も向き合い、データ分析やコマーシャル戦略との掛け算で実践的なスキルとして体得していきました。
発注側になってわかったコンサルタントとの決定的な差
Q. なぜ事業会社への転職を決めたのですか?
コンサルタントをやっていて、ある時ハッとしました。クライアント先で、以前別のコンサルティングファームが作ったプロジェクト成果物が出てきました。しかし、その内容は実行された形跡がなかったのです。提案して終わり、実行が伴わないまま同じような提案が繰り返される…まるで「建てては崩す砂の城」のようで虚しさを感じた瞬間でした。自分が関わったものを最後まで実装したい、という気持ちが強くなり、事業会社へ転身しました。
Q. 事業会社では具体的にどのような経験をされましたか?
入社したのはドイツに本社のあるジェネリック医薬品(後発医薬品)メーカーでした。プライシング責任者として入社し、2年後にはプライシングに加え、セールスエクセレンス(営業リソースの配置・KPI設計)やBI(ビジネスインテリジェンス・データの管理・分析)を統括するコマーシャルエクセレンス部門の本部長を任されました。「提案して終わり」だったコンサルタント時代と比べ自分で戦略立案・実行する立場を経験できた点は大きかったです。
また、グローバル本社が日本の同業他社を買収することになり、M&A後のPMI(Post Merger Integration)をリードし、約2年かけて完了しました。プロジェクト完了後は、グループ会社であるノバルティスファーマに移りグローバルDXプロジェクトに従事、その後も米系製薬会社ブリストル マイヤーズ スクイブで経営企画やプロジェクトマネジメントを担うなど、複数の事業会社を経験しました。
Q. コンサルティングと事業会社の両立を経験して、何が一番の強みになりましたか?
事業会社側の社内事情がわかるようになったことです。なぜそのような発言が出てくるのか、なぜ動けないのか。「正しい提案をしても組織は動かない」という現実は、事業会社を経験しなければ肌感として理解できないと思います。また、コンサルタントに戻ってみて気づいたのですが、事業会社を経ることで「人間力が増した」という感覚があります。大抵の人と円滑な人間関係を築く人間力は、組織を動かすためにも重要なスキルだと思いますが、それを身につけられたことは大きかったと思います。
大企業の中で感じた違和感。フリーランスという働き方と新たな挑戦

Q. 独立を決意したきっかけを教えてください
大きな組織に行くほど、自分の担当する業務や意思決定の範囲が狭くなっていく感覚がありました。最初に入った300~400人規模の製薬会社ではリーダーシップチームの一員として会社全体を見渡せていたのに、従業員が1000人を超える大企業では、全社戦略やその中での自分の貢献が見えにくくなっていました。同じ業務が続くと「今年どんな成長ができたか、どんな新しい挑戦をしたか、どんな成果を上げたのか」が見えず、もどかしく感じることもありました。また、周囲には10年以上製薬業界で働いている同僚も多く、それぞれの分野で専門性を高めているので、求人でも同様の経験や専門性が求められることが多い印象です。一方で、私は常に新しい学びや挑戦を求めており、このまま同じ会社・業界に留まるべきか悩みました。
ちょうど同時期に、仕事を通じてデジタル・データやAIへの関心が高まり、国内外でAIとデータを活用したデジタルヘルスという領域が急速に進んでいることを知りました。新しいテクノロジーやトレンドを学ぶことで自分のヘルスケアの経験を新しい形で活かせるのではないか、その可能性を追いかけるために、独立という決断をしました。
Q. 今後のプランについて教えてください
2026年8月から、AIとヘルスケアが融合されたデジタルヘルス領域を学ぶため海外の大学院に進学する予定です。進学までの期間はフリーランスとして稼働しながら、渡航の準備を進めています。私は小学生の子供がいるのですが、海外留学を決めたのは「子供をどこで、どのように育てたいか」という親としての決断でもありました。会社員として海外に行くには社内で海外ポジションを獲得する必要がありますが、フリーランスなら自分の意思で働く場所を選べます。特にフルリモート案件であれば、海外にいながら日本のクライアントの仕事を続けることも可能です。
Q. 独立への不安はありましたか?
独立そのものへの不安というより、コンサルティング業界から長く離れていたためブランクを埋められるかという不安の方が大きかったです。でも実際にコンサルタントとして戦略プロジェクトに入ってみたところ、「意外とうまくやれるかも」と感じました。むしろ、AIによって議事録や提案書のドラフトが作成できる時代なので、昔より楽になった側面もあります。しかし、ツールは変わっても仮説思考やロジカルシンキングといった仕事の基本は変わっておらず、過去の学びを思い出しながらコンサルタントとして働いています。
一方で、フリーランスならではの不安もあります。戦略系の案件はプロジェクト期間が1〜3ヶ月と短いものが多く、プロジェクトが終了するたびに次の案件を探さなければなりません。また、時代とともに案件のトピックも変わり、そのようなトレンドに沿って経験やスキルを積み上げていかなければいけないというプレッシャーもあります。正直、「案件のない期間が何週間も続いたらどうしよう」という不安はあります。ただ、今は「慣らし運転」中のため、どのタイミングで次の案件を探し始めるべきか、複数の案件を並行する際のリソース配分をどうするか、少しずつ感覚を掴んでいるところです。
なぜ今、AIとヘルスケアなのか。大学院進学の先に描く「新しいヘルスケア」

Q. 大学では何を学ぶ予定ですか?
AIとヘルスケアを掛け合わせたデジタルヘルスの領域です。電子カルテの導入やデータの構造化、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスから収集される膨大な健康データ、様々な医療データが蓄積される時代になっています。それらのデータを活用することで、医療経済やオペレーションの最適化や治療・予防の発展が可能になる、多くの人々の人生に違いをもたらす非常に重要かつ希望のある分野だと思っています。日本では医療データの活用が諸外国に比べて遅れているので、海外の先進事例を直接学んで持ち帰りたいという気持ちが強くあります。
Q. 大学院卒業後はどのようなキャリアを見据えていますか?
まずは海外で学び、さまざまなデータ活用事例を知ること。その上で、日本でデジタルヘルス分野のスタートアップに参画したり、VCやアクセラレーターとしてそのような企業の支援ができればと思っています。一方、子供の教育や暮らしやすさとの兼ね合いで海外移住も視野に入れており、卒業後の進路については「何を、いつ、どこで」を柔軟に考えていく予定です。ただ、根底にあるのは「死ぬまでにやりたいことから逆算する」という発想です。リスクも承知の上で、それでも「やらないまま後悔したくない」という気持ちで前に進んでいます。
Q. 最後に、独立や海外進出を考えている方へメッセージをお願いします
私がフリーランスを選んだのは、コーポレートキャリアだけが正解ではないと気づいたからです。コーポレートラダー(企業内の昇進の階段)を上り詰めるという価値観は私自身も持っていましたし、その価値観を否定するつもりはありませんが、人生のゴールをトータルで見据えたときに果たしてコーポレートキャリアが正解なのか、それ以外の正解もあるのではないかと考えるようになりました。フリーランスはそのひとつに過ぎず、キャリアのゴールではなく、あくまで次の挑戦への通過点として選びました。一度フリーランスになったからといって、一生フリーランスと決まるわけではありません。
フリーランスという経験を積んだ上で、また正社員に戻ることも可能です。そういう意味で、キャリアや働き方の選択肢を広げる手段の一つだと捉えてほしいと思います。
とくに海外移住に興味がある方は、フリーランスとフルリモート案件の組み合わせが一つの答えになると思います。国やビザの種類によっては学びながら働けることもあります。会社員の場合、海外ポジションの獲得はタイミング次第ですが、フリーランスなら自分で自由に動けます。円安で留学や海外移住のハードルは上がっていますが、海外を拠点にリモートで働くことは十分可能な選択肢ではないかと思います。
私もまだ「慣らし運転」中ですので想定外のハプニングもありますが、自分の気持ちに正面から向き合い「今だからできること」に集中して前に進めば、人生のゴールに近づけると信じています。
あとがき
ITコンサル・渡米・A.T.カーニー・サイモン・クチャーアンドパートナーズジャパン・製薬会社と、異なるフィールドを渡り歩いてきた咲本さんに一貫していたのは、「知らない世界に飛び込んでみたい」という好奇心です。
大企業の中で「自分の成長が見えない」という感覚に正直に向き合い、子育てと仕事を両立しながら海外大学院進学・フリーランス転身という大きな決断を実行に移しました。その行動力の根底にあるのは、「死ぬまでにやりたいことから逆算する」というシンプルで力強い軸でした。
独立はゴールではなく、「次の挑戦へのプラットフォーム」だと語る咲本さんのキャリアは、まだその途上にあります。
フリーランスコンサルタントとして活躍したい方へ
ProConnectでは、戦略コンサル出身者に向けた高単価・プライム案件を多数ご用意しています。単価交渉のサポートや、LINEを活用したスムーズなコミュニケーションで、フリーランスとしてのキャリアを全力でバックアップします。
▶ 無料登録はこちら
▶ 案件一覧を見る

